日記
夜まで労働。会議で疲れるのが嫌いだ。会議ってのはすべて何かをするための準備であり、それで疲れて「何か」のための体力が削がれてはならないというのが持論なので。
レシピ本
リュウジ式至高のレシピのここがすごい!!
— リュウジ@料理のおにいさんバズレシピ (@ore825) 2021年11月5日
1.至高の未公開レシピ多数収録
2.調理工程が一目瞭然なので動画を再生しなくてもスピーディーな調理が可能
3.酔っぱらいの顔を見なくても料理出来る
4.全てが定番レシピなので確実に料理上手になれる
5.呂律の回らない料理研究家を観なくてて済む
>2.調理工程が一目瞭然なので動画を再生しなくてもスピーディーな調理が可能
この一文、なんというか時代が一周した感じがして面白い。ちょっと前から感じるように鳴った「本なんかより動画のほうがわかりやすい」という風潮の一歩先だ。
ラジオ
中高生のときほぼ毎晩ポケットラジオでSCHOOL OF LOCKとジェットストリーム聴いてたけど、あれはラジオを聴く習慣云々より、家族から遮断された空間(寝床)なのに世界とはつながっている、世界とつながっているのに明りは消してるから自分の指すら見えない、というロマンを楽しんでいた気がする
— 阿部 (@abeimas) 2021年11月5日
今日の自分のツイート。今思うと、当時は平日ほぼ毎日ラジオを聞いていたのに、その時間帯は決まって深夜だった。上記のように、自分の世界がいびつに拡張しているあの感じが好きだったんだろうな。
おそらく、世代によってラジオの印象は大きく変わっている。
携帯電話でインターネットに接続できる時代まで、子供部屋にこもって世界とリアルタイムに繋がる方法はラジオとガビガビ画質のポータブルテレビだけだったのではないか。そういった時代におけるラジオは貴重な世界拡張ツールだ。だけど、現代におけるラジオはむしろ世界と繋がる方法を制限する手段だ。そこにつまらなさと面白さがある。たぶん、Twitterも動画やリンクを貼れなくなったら別の面白みが出てくると思うんだよな。